■なぜ認知地図をGISで解析するのか?
 
 土地がそこに住む人びとにとって多元的な価値に満たされた豊かな意味世界を構成していることは、文化人類学をはじめ人文諸科学が厚く記述してきた。また、牧畜民を含めて、狩猟採集や焼畑農耕などを主生業とし、自然と密接にかかわりながら生活する人びとが自然界の事物や環境に対して詳細な知識をもっていることはよく知られている。だが、生活/生存のための実利・実用的な知識を含め、文化的・社会的に意味付与された土地について詳細な知識をもち、また地図もない土地で迷うことなく暮らしてゆけること、そうした事実に対して、土地をめぐる「知」の構築機序、いいかえれば、人びとが地理空間をいかに経験しているのかといった「生きられる空間」の全体像を描くことは容易ではない。
 
 多次元的・重層的に経験される土地の現実態に接近するためには、実践的活動の場、すなわち生活/生存の現場において地理空間認識を醸成ないし構築する物理的、認識論的、文化・社会的な諸要素をともに正当に評価することが求められようが、ドドスの認知地図はその格好の材料であることが直観された。すなわち、これらの要素を含む認知空間のベースマップとして認知地図を精緻に分析することにより、「生きられる空間」としての土地を理解するための新たな回路がひらかれるのではないか。土地をめぐる知識や認識を言説や行動学的データから記述、抽出するといった方法に対し、それらの外的表象として図化された認知地図を素材とすることによって、そこにアプローチすることの有効性と可能性を探りたい。

 どのような形態であれ、地図がそもそも多次元時空の次元を還元して表現したものである以上、そこにはオブジェクトを類型化して表現する抽象化過程が含まれる。この抽象化・類型化された時空間情報は、GISが扱う空間オブジェクトの属性情報と位置づけることができる。一方、GISにおいて属性情報として格納された時空間は、目的に応じた主題図として表示しうる。多次元情報を格納し、その相互関係を評価・解析し、目的に応じて表示するというGISの一連の機能は、人間が時空間を経験として記憶し、その対象を地理性と歴史性の相互関係のなかで理解し、言語や記述によって他者に伝達する一連の行為に類似する。GISの機能と認知地図の性質に類縁性を評価する立場から、認知地図は「内なるGIS(Internalized Geographic Information System)」とも呼ばれる。認知地図とGISは、分析や解析という具体的なアプローチのレベルでも、そのもの自体の存在をどのように位置づけるかという高次のレベルでも、興味深い関係にあるといえる。
 
 本研究が認知地図の解析にGISを導入する背景は、複雑な時空間事象を複雑な時空間情報としてデータ化して格納し、多様な属性の組み合わせとその関係をユークリッドや非ユークリッド空間で処理・評価できることに集約される。ドドスの認知地図が、物理的空間との単純な比較では理解し尽くせないほど多彩な情報を包含することが判然としているのであるから、そのアプローチも多様な在り方を模索しなくてはならない。本研究の試みは、いわば「内なるGIS」を「外なる認知地図」によって理解しようとする方向性にある(Fig.1)
 
■ドドスの認知地図とは?
 
 ドドスはウガンダ北東部カラモジャ地域に住む牧畜民である。生業の中心は牧畜で、ウシ、ヤギ・ヒツジ、ロバを飼養する。雨季にはトウジンビエやソルガム、トウモロコシなどの天水農耕もおこなう。ただし、年間降雨量は450~630mm程度であるうえに年格差がおおきいため、農作物の収穫はきわめて不安定で、農耕に対する人びとの信頼度は低い。

 ここでとりあげるドドスの認知地図は、ドドスランドの全体が描かれた2枚である(Fig.2)。この2枚は河合の住み込み先の集落の青年たちが中心となって、複数が関与して完成したものである。地図の作製作業に参加したのは基本的に男性であり、20~30歳代の若者がその多くを占める。居あわせた年長の男性や稀に年配女性が、描画を進めている若者からのランドマーク間の位置関係や地名等に関する質問に答えたり、意見を述べたりする場面は頻繁にあった。作業の中心となった青年が4年程度の初等教育を受けている他は、青年たちの多くと年長男性および年配女性は学校教育をまったく受けていない。文字を書ける人物が限られているため、2枚の認知地図については実質的な描画、すなわち紙面に地名や場所を記す作業は、上記の「作業の中心となった青年」にほぼ集中している。 
 
 紙面には、山や岩峰、河川や沢筋といった地形的特徴のみならず、乾季に井戸の掘られる場所や、放牧地や家畜キャンプの設営地として利用される場所、廃校跡や旱魃時の配給キャンプ跡、聖地の森や儀礼の開催地等々数百~1000カ所におよぶ地名やランドマークが記されている。くわえて、日帰り放牧のルートや家畜キャンプの通時的な移動の経緯、他集団により家畜が略奪された際の襲撃地点や奪還のための追跡ルートといった人びとの「動き」の軌跡を含む人間活動の諸要素が体系化されず雑多に満載されているのである。 
 
■GISの導入による認知地図の解析.I - 認知地図のデジタル化とデータの構造化 -
 
 手描きの認知地図をGISで扱うには、デジタル化してコンピュータで処理できる形式に変換する必要がある。ここでは、大判のフラットベットスキャナを用いたデジタル化が最適であると判断し、2枚の認知地図は、共に600dpi28と300dpiでペイント形式でデジタル化して、それらをGISで扱えるラスターデータとして格納した。次に、認知地図画像からデスクトップデジタイズで各オブジェクトのベクターデータを作成した。Fig.3は1枚の認知地図について、オブジェクト別のレイヤー(山、山頂・岩峰、建造物、河川、道路、家畜略奪の追跡ルート、集落・キャンプ、山体・林縁部(山裾)、水場という9種類のオブジェクト)と、その構造を模式的に示したものである。  
 
 解析の具体例を示そう。Fig.4は、認知地図aから山、道路、集落・キャンプの3つのオブジェクトを選択し、GISの解析モジュールである“近傍計算”機能で各オブジェクトから最近隣距離を計算したレイヤーを作成し、これらを数値演算によるオーバレイ処理したものである。各オブジェクトからの距離は、0~50ピクセルの範囲を黒で表示し、その後50ピクセル幅で色調を変化(青→赤→黄→緑)させて表示した。
 
 (1)図は山から、(2)図は道路から、(3)図は集落・キャンプからの最近隣距離値の分布を示している。各レイヤーはオブジェクトからの距離を単純に視覚化したものであるが、(1)図や(3)図のように点的なオブジェクトについて、 黒色域が連接し面的に展開する場合には、その範囲にオブジェクトが密集して描出されていることを示している。これが先に記した、1枚のレイヤー内で同一のオブジェクトの関係を評価する機能である。次に、各レイヤーの距離値を加算してオーバレイ処理すると、山/道路/集落・キャンプすべてのオブジェクトからの近傍域を示す(4)図が作成される。(1)(2)(3)図の黒色域が重複する0~150ピクセルの範囲を黒、その後150ピクセル幅で同じように色調を変化させ表示した。(4)図の黒色域は、山/道路/集落・キャンプのいずれのオブジェクトからも近傍となる範囲を示しており、種別の異なる3つのオブジェクトが密集して描出されていること、いいかえれば、認知地図の表象過程でこれらがセット関係になっていることを示唆している。これが先に記した、複数のレイヤー間で異なるオブジェクトの関係を評価する機能である。 
 
 この解析ではもう1点興味深い傾向が看取できる。(4)図の黒色域の分布が(3)図のそれと類似する点であり、集落・キャンプを中心とした際の景観の認識には、山や道路というオブジェクトも揃って認知されている可能性が指摘できる。もちろん、集落・キャンプは描かれるが山や道路が描かれていないa域や、集落・キャンプとは無関係に山と道路が描出されたb域などもあるので、この傾向を「集落・キャンプを描く際には必ず山や道路が描かれている」、すなわち「集落・キャンプを基点に景観が認識されている」と解釈するのは性急である。だが、新しい知見を提示し問題を発見するという意味では、この技術や方法が有効であることは間違いない。
 
■GISの導入による認知地図の解析.II - 認知地図に描かれたもう1つの情報 -
 
 認知地図作製の経緯からも明らかなように、この地図は「どこに何があるか」を示すことを一義的な目的として描かれている。だが、Fig.2でも分かるように、描かれたオブジェクトは位置情報を表現するためだけに抽象化されているわけではなく、対象の“見え”の形状や大きさなどの情報を同時に顕現している。たとえば、山や岩峰は△や○の組み合わせで記号化され、位置情報を表現しているが、それでも時に山の見えとしての形、つまりXZ軸平面における2次元化や、本来見えるはずのないXY軸平面での形も頻繁に観察される。さらに△や○などの描出にもある種の「癖」が看取でき、われわれが普段利用する地図のように大きさや向きが統一されることはなく、何らかの傾向があるようにも感じられる。こうした多次元(多視点)表現は、認知地図にはしばしば観察される特徴であるが、問題はその出現に何らかの規則性があるか否かを評価する方法である。これを評価するためには、物理的空間に関する地形データからGISやCADシステムを利用して3次元空間を構築し、実際の見えとの比較・検証をすることと、地形データ上に視座を設定して眺望範囲を特定し、何をどこから見たときにどのように表現されているかをシミュレートする必要がある。
 
 GISで利用するDEMは、XY座標値に属性値としての高さ情報をもつため、2.5次元のデータとも呼ばれる。GISには、このデータ構造を利用して、地形を3次元表示する機能がある。ここでは、DEMとベクターデータ化した等高線図をエクスポートし、CG(Computer Graphic)ソフトウェアや地形表示ソフトにインポートした後に、対象地域の地形CGを作成した(Fig.5-a、b、c、d)。 
 
 図は、北緯3°33′45″、東経34°15′15″付近のNangoletabaとKakuta-Lobuneltの2つの山塊を東西南北の4方向から人間の視点(標高値+1.7m)で眺望した際の地形を表現したCGである。この2つの山塊は、東から見たaの場合前景となるKakuta-Lobuneltが中景となるNangoletabaを覆い、ほぼ1つの山として見える。南北からのbやdの場合、それぞれが1つの山として見えるが、西から見たcの場合、前景となるNangoletabaがなだらかな丘陵状の形態を呈し、中景のKakutaの頂がその上部に見える。また、dの場合は、視座の標高が低く仰角が大きいため、高さが異なる2つの山がほぼ同じ大きさに見えている。
 
 ドドスの認知地図が多次元図(多視点図)であり、時にXZ軸平面での2次元化によって描出されているという事実は、仮にその位置情報の精度や歪みを議論するという課題のみをとっても、ユークリッド空間における距離だけでなく視距離のような評価基準を導入する必要があることが容易に想定できる。Fig.5に示された様々なオブジェクトの描出手法を理解するためには、こうしたCGや3次元表示の利用が肝要であり、彼らが「何を見ているのか」だけでなく「どこから見ているのか」の特定も認知地図を解析する重要な鍵の1つとなる。仮に、彼らがaの景観を地図に表現したのであれば、それは1つの△と○の組み合わせになるかもしれないし、bやdならば2つの△と○、cならばXZ軸平面の見えを描出するかもしれない。  
 
 一方、記号化された△や○に「癖」が看取されることは、単に描き込む際のキー・インフォーマントの姿勢とのみ連関すると理解するには問題がある。たとえば、この範囲を描いた認知地図には3つの山塊が描かれており(Fig.5-α)、左側にはNangoletabaよりかなり標高の低いKakutaboa(認知地図ではKakutabuo)が描かれている。この3つの山塊が認知地図の位置関係になる視座を検索すると、ちょうど南西方向、bとcの中間域で、Kakutaboaから南へ延びるKaydlyakのような丘陵域にあたる(Fig.5-β)。しかも、標高が高く山として見えるNangoletabaに地名記載がなく、標高が低く殆ど山としては見えないKakutaboaに地名が記載されていることから考えれば、彼(ら)がKakutaboa-Kaydlyakのような同標高帯の低位丘陵上に「身をおき」、そこから北東方向にむかった景観をイメージしている可能性も指摘できる。少なくとも、認知地図に描かれた3つの△の向きは、βを眺望した視点方向と極めて類似することは重要な解析結果といえる。さらに認知地図に、見えるはずのないXY軸平面での形状で描かれたKangathep(認知地図ではKangasep)は、実際の物理的空間においてはKakutaからかなり東に離れたなだらかな丘陵地で、ユークリッド距離での位置関係は不正確に描かれているのだが、それも見えとして描出したのではなく、「そこに行ったことがある」あるいは「そこを歩いたことがある」という経験によって形状を記憶し、河川Karataとの位置関係を規準に描出したと考えるのであれば、その描出手法と配置のズレを説明することも可能となる。  
 
 
 
■GISの導入による認知地図の解析.III - 認知地図の幾何解析(1) オブジェクト相互の位置関係の評価 -
 
 Fig.4で示したように、認知地図に描かれたオブジェクトの種別を越えた位置関係の評価は、特定のオブジェクトが描かれる際にその他のオブジェクトが意識されているか否か、あるオブジェクトを描出する際に、その他のオブジェクトが位置関係を測位する要素として参照されているか否かを検討する1つの手法と考えられる。そこで、レイヤーとして格納した種別別のオブジェクトすべてから近傍計算を実施し、種別を越えたオブジェクト相互がどのような距離関係にあるかを計算した。また、相互の関係を評価するため、距離値の出現頻度から標準偏差を計算し、「ある主属性(バッファの発生もと)に対する従属性の位置がどれだけばらつくか」の評価を試みた(Table.1)。標準偏差が小さい場合には主属性と従属性の距離関係に相対的な規則性があることを示し、標準偏差が大きい場合には相対的に規則性がないことを示している。 
 
 表の行のオブジェクトを主属性とし、列のオブジェクトを従属性と した場合の近傍距離値の標準偏差を示している。この連関表の見方は、列を中心にみた場合には「従属性を描こうとした時に、主属性として何が選択されているのか」を示し、行を中心にみた場合には、「どのオブジェクトを主属性にすれば他のオブジェクトの配置が規則的になっているのか」を意味している。たとえば、主属性として山が描かれる(イメージされる)場合には、河川(26.00)やや道路(48.55)が規則的な距離関係になっており、道路が描かれる場合には、河川(27.23)や山(24.77)、山頂・岩峰(41.6)などが規則的な距離関係になっていることが読みとれる。一方、列を中心にみると、従属性として山を描いた場合には、主属性として道路(42.77)や家畜略奪の追跡ルート(39.03)や集落・キャンプ(45.57)などが選択されれば山の配置に規則性が評価でき、河川を描こうとした場合には、主属性としてはどのオブジェクトを選択してもその規則性が評価できる(平均25.8)ことが示唆されている。この標準偏差値の小さい連関属性が、描出の際に相互に空間的位置の測位属性として機能していると解釈できる。 
 
 
 Table.2では、この標準偏差値がオブジェクト相互の測位属性としての機能を評価する変数として有効であると仮定し、その出現傾向の基本統計量を示している。たとえば、従属性としての山と河川の規則性のばらつきは、標準偏差値17.82と12.29で河川の方が小さい。つまり河川を描こうとする際の測位の主属性に種別間の格差が小さく、何を主属性としても規則性が評価できるということを示している。逆に、この規則性のばらつきが大きい山の場合には、特定の主属性(道路や集落・キャンプが指摘できる)と結びついている可能性が相対的に高いことを示している。主属性についても、標準偏差値が小さい属性は、どの従属性の主属性としても機能しうることを示し、値が大きい場合には、特定の従属性と連関する可能性が高いことを示している。ここで、重要なのは同時に平均値を参照することであり、主属性としての河川と道路の標準偏差は29.94と29.85で類似した値をもつが、平均は85.94と63.33であるから、河川の場合は「どの従属性の主属性としても機能しない(規則性の規準属性としてのばらつきは大きい)」ことを示唆し、道路では「どの従属性の主属性としても機能しうる(規則性の規準属性としてのばらつきが小さい)」ことを示唆している。 
 
 以上のような、各オブジェクト相互の関係を計量的に評価することにより、(1)集落・キャンプや水場や家畜略奪の追跡ルートを描く場合には、どの属性も主属性としては機能していない、(2)河川は従属性として描こうとする場合には、どの属性も主属性となりうるが、河川を主属性にするとその他のオブジェクトの配置の規則性の程度は弱くなる、(3)河川はその他の属性が主属性になることで初めて自身の配置に規則性が評価できる、(4)山の配置の規則性は道路や家畜略奪の追跡ルートや集落・キャンプの配置によって評価でき、(5)道路の配置の規則性は山の配置によって評価できることから、(6)山と道路とは互いに相互の測位属性として連関している、などの知見を得ることができる。そして最も重要な結果は、(7)集落・キャンプが景観認識あるいはその表象化の規準となっていることに起因する蓋然性が高い、ということである。 
 
■GISの導入による認知地図の解析.III - 認知地図の幾何解析(2) オブジェクト同士の位置関係の評価 -
 
   分布の位相を評価する方法として、平面上に存在する複数の個体間に領域(多角形)を創出して対象間空間を解析する、ボロノイ分割による解析法がある。ボロノイ分割の定義を概略すると、「ユークリッド平面に存在する複数の対象に対し、対象ごとに最近隣の空間と対応づけることで空間を分割する方法」とまとめられる。ボロノイ分割は個々の領域をあわせたものが全領域になるモデルであり、配置パターンによって領域形状が変化する。隣接個体対が組合わされた状況は、対象の分布位相を間接的に表現し、ボロノイ点の展開やボロノイ辺の辺長・辺数などは、対象の配置を評価する変数となる。たとえば、六角形の領域モデルは、対象が均等配置の場合に現れ、歪んだ領域は、対象の配置が何らかの属性に規定された場合に現れる。個々の領域の形状と隣接する領域との関係が明らかになれば、対象の分布の位相が評価できることになる。GISの解析モジュールを利用して、レイヤーとして格納した種別別のオブジェクトのうち点的なオブジェクトを対象にボロノイ分割を実施し、ダイアグラムの歪みを評価するためにハゲットの形状指数を計算した。ハゲットの形状指数は、S = 1.27 A / l2( S : 形状指数,A : 領域の面積,l: 境界上の最遠点を結ぶ長軸長)で求められる。この指数Sは円に近づくと1.0に、逆に扁平になると0に近づくよう乗数1.27が設定されている。Fig.6では、形状指数0.1~0.9の間を寒色(青)から暖色(赤)に変化させて表示した。図の傾向として、暖色の範囲は、そのオブジェクトが均等配置に近く配置されていることを示し、寒色の範囲は、何らかの異次元属性の影響をうけ、配置が不整に歪んでいることを示す。
 
 
 一見して明らかなように、山や建造物などのオブジェクトでの形状指数の分布に暖色系が目立ち、水場では寒色系が目立つことが分か る。S値の統計量をまとめても(Table.3)、そのことは理解できる。ダイアグラムが三角形になるとき、S=0.55となり、これより大きい値となる場合は、より均等配置に近いことを示している。Table.3からは、山頂・岩峰のうち約40%が均等配置に近い状態で分布し、水場では約90%が何らかの属性に歪められた分布であると評価できる。 
 
 Table.1では、集落・キャンプを規準にするとその他のオブジェクトの配置の規則性がもっとも評価できることを示した。さらに山(平均58.4)が他のオブジェクト配置の規準属性になる候補として続く。このように考えると、均等配置になるオブジェクトは、同時に景観認識ないしは表象化の規準属性としても機能する傾向が看取できるといえる。「均等配置になるオブジェクトを規準に他のオブジェクトを配置する」と単純化して考えれば、この均等配置になるオブジェクトは、描出する過程での“方眼”ないしは“罫線”の役割を担っている可能性も指摘できるだろう。  
 
■GISの導入による認知地図の解析.IV - 認知地図の幾何解析(3) オブジェクトの形状と大きさの評価 -
 
 先に論じたように、ドドスの認知地図に描かれたオブジェクトは、抽象化・類型化され記号として描き込まれてはいるが、その多次元図(多視点図)としての性格から、一様に評価することは困難である。そこで、山や山頂、岩峰、すなわち△と○の組み合わせで表現されるオブジェクトについて、予察的に形状と大きさの評価を実施してみた。

 Fig.5-αを参照すれば、△の向きと大きさが、視座からの方向と距離に何らかの関係をもつことが推測できる。また、山や山頂・岩峰を示す△は、その多くで二等辺三角形になる傾向も看取できた。そこで、もう1枚の認知地図の山・岩峰レイヤーの1つ1つのオブジェクトの△の向き(二等辺三角形の頂角の向き)と大きさを、ベクターフィールドでの力の方向と強さの属性に読み替える作業をおこない、その傾向面の再構築から視座範囲を抽出する解析を試行した。大きさについてはGISの“面積計算”モジュールで計測し、得られた面積値を“属性値再分類”モジュールで再び各オブジェクトに割り振り、方向については△の各頂点から時計回りに360度の範囲を示すレイヤーを“傾斜方向計算”モジュールで発生させ、“距離計測”モジュールと併用して、およそ△がどちらに向いているかを評価した。最後に個別のオブジェクトに強さと方向の属性値を割り振り、これらをもとに傾向面生成の作業を繰り返す方法を採った。  
 
 Fig.7は、以上の方法で描出した傾向面と、おおよその視座からの方向と強さを、それぞれ模式的に表現した図である。山・岩峰オブジェクトが、いくつかの視座域を単位として何らかの傾向をもって描出されている様子が看取できる。例えば、aやbの視座域のように、中心から放射状にオブジェクトが描かれるゾーンや、cやdのように道路や河川にそって一定の方向にオブジェクトが描かれるゾーンなどがみられる。このうちaの視座域にキー・インフォーマントの住んでいる集落があるのだが、このことは、長期的な見えによって形成されるオブジェクトのイメージと、移動など方向性を伴った短期的な見えによって形成されるオブジェクトのイメージとが異なっていることをあらわしている。詳細な検討は今後の課題であるが、広大な範囲を認識している彼(ら)でも、その全体を鳥瞰図的に座標軸上に認識・把握しているというよりは、むしろその認識の基点や基軸となるオブジェクト、またはゾーンをもっているとの想定は許されるだろう。  
 
■GISを導入した認知地図研究は有効か? - 試行錯誤から方法論確立の展望を -
 
 ドドスの認知地図に描かれた種々の時空間情報を系統的に評価・解析することを最終目標としてGISを導入し、その初期段階として試行した解析事例を報告した。結果として、認知地図は、集落・キャンプというオブジェクトを規準にその他のオブジェクトを配置していること、その傾向は景観認識や表象過程における方眼”や“罫線”としての機能も同時に発揮していること、描かれるオブジェクトの「癖」は、位置情報だけでなく彼(ら)が何を見て、あるいは何を思い浮かべて描出しているのかを探る手がかりになること、などを明らかにした。具体的な解析結果については、それが単にオブジェクト同士の位置関係をメトリックによって評価するだけでなく、多次元情報としてレイヤー構造で管理し、レイヤー間での相互比較と処理によってえられたことからも、GISを導入する意義を強く支持しているといえるだろう。 
 
 ドドスランドの景観特徴を素朴な印象として表現するならば、それは「見晴らしのよさ」にあるといってよい。小高い丘のうえにたてば、目のまえに広がる丘陵地やその手前の平原に流れを刻むゆるやかな河川、黒々とした岩山や突出する岩峰、そして遠くに青くけむる山塊や台地上の峰々といったパノラマが広がる。ドドスランドはたしかに「鳥瞰的」に見わたすことのできる土地である。だが、だからといって、彼らの描いた認知地図が、鳥瞰的な「見え」というランドスケープによってのみ描かれたわけではないことはこれまでの分析からも明らかであろう。ドドスランドの全体を一度にすべて見おろせるわけではない。大きな紙面を前にしながらも認知地図は、やはりルートマップとして描かれたのである。生活・活動の現場はつねに「こう行って、ああ行って、こう行ったら、ここにつく」といった巡回空間として完結しうる。空間を通りぬけてゆく際に経験されるへだたりは幾何学的な尺度を必要とはしないのであり、外界を「ここ」とか「あそこ」として認識すること自体はドドスランドの全体が座標軸をもった地図として把握されていることを前提としない。キー・インフォーマントが印象的に語った「ウシを連れていった、だからぜんぶ知っている」という言葉に寄りそうならば、「ここ」や「あそこ」とは当事者として行為した現場であり、「そこに行ったことがある」という経験こそが、こうした現場性にもとづく知識をささえているはずである。それは、個々の場所に「身をおく」という知りかたにほかならない。 
 
 ドドスランドの全体を認知地図として描出する過程において、彼らはどこに「身をおき」、どこへ眼差しを注いでいたのか。東西南北の座標系に場所をプロットするという方法ではなく描かれた認知地図には、どのような座標が準備されていたのか。そのひとつの解は、集落・キャンプといった特定の場所に「在る(存在する)」ことを前提とする空間と、道路などの「移動(動き)」を前提とする空間との極めて対照的なあらわれのなかにみいだしうるのではないか。文化・社会的な諸要素が深く浸透した彼らの認知空間を物理空間の地理的特徴に機械的に還元しようとは思わない。そうである以上、結論は今後のさらなる解析にゆだねざるを得ないが、本稿はこうした問題発見のための技術としてのGISの導入に強く後押しされてきたのだといえる。  
 
 技術的には、本稿での検討事例は、GISがある程度利用できるレベルであれば、特に難しい解析やモジュールの組み合わせを駆使しているわけではない。きわめて単純な適用であっても、いくつかの興味深い知見は得られるのである。今後は、各オブジェクトに付された人文情報の解析をも含めた、より深化した検討を進める必要があるし、現実の物理的空間との歪みを計測することも重要である。先にふれたように、実際には山として見える山に地名記載がなく、視覚的にはおよそ山に見えない山に地名記載がある、こうした人文情報と物理的空間情報との比較は、GISやCG技術の適用によって、より具体的で分析的な評価が可能となるだろう。ただ、われわれがとり組むドドスの認知地図は、図幅自体の大きさもさることながら、オブジェクトや地名の数の膨大さ、さらにそれらのオブジェクトや地名のすべてがそれぞれに属性情報をもっていることにくわえ、今回は解析対象としていないオブジェクトや、人びとの生活や活動の「軌跡」、出来事の「記憶」といった多彩な情報が手つかずのままにあることを考えても、それらを完全な「外なる認知地図」に置換するには、相応の時間と労力が必要となることを覚悟しなければならない。  
 
*本稿は2001-2年度および2003年度における科学研究費補助金(基盤研究(C)「東アフリカ牧畜社会の土地と自然資源をめぐる認識・利用・領有に関する人類学的研究」課題番号13610357、および基盤研究(C)「東アフリカ牧畜社会における実践空間の認識と地図表象化:ディジタル解析の応用」課題番号15520513、いずれも代表・河合香吏)による研究成果の一部である。解析の対象とした認知地図を含め、本稿に用いる資料は、河合がドドスランドの北東部カラパタ地区(Kalapata sub-county)を拠点として1998年から2003年にかけて合計5回、約8カ月間におこなった調査により得られたものである。2002年度、2003年度の調査には、科学研究費補助金(特定領域研究)「知識資源の共有と秘匿」(代表・C.ダニエルス、課題番号14083203)の補助を受けた。調査の遂行にあたりご尽力・ご協力いただいた関係諸機関および調査地ドドスの人びとにこころからの謝意を表したい。  
 
*本稿では、具体的なデータや解析の詳細については割愛した。これについては、津村宏臣・河合香吏 2004「GIS(地理情報システム)を用いた認知地図の解析の試み-東アフリカ牧畜民の地理空間認識とその表象化の理解にむけて」『アジアアフリカ言語文化研究』67、を参照されたい。
 
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